2019年1月17日(木) 阪神・淡路大震災追悼集会

2019/1/17

高校生徒会が主催する阪神・淡路大震災追悼集会

1995年1月17日、午前5時46分、兵庫県南部を襲ったマグニチュード7.3の阪神・淡路大震災は、最大震度7を記録し、建物の損壊約64万戸、死者約6400人という大きな被害をもたらしました。

震災当時、大火災が起こりました。地震に対する警戒が薄く、都市部には住宅地が密集していた為、消火まで3日かかったところもありました。

避難所で生活をしなければならない方々も多くいました。

全国各地・世界からも、ボランティアの方々が集まり、食料品や日用品などの支援によって、必死で支えていきました。だからこそ、人と人とが支えあい、絆が生まれました。

私たちが利用している阪急伊丹駅も被害にあい、生活に欠かせない交通機関に大きな影響を与えました。復旧まで約3か月かかりました。

私たちの園田学園も大きな被害にあいました。その傷跡がいまでも校舎のあちこちに残っています。

 

震災直後は今のように携帯電話も普及しておらず、家庭の電話も使えないために、生徒の安否をすぐに確認することはできませんでした。

そのため先生たちは、徒歩や自転車で生徒たちの家を尋ねました。

校舎が使えるまでは二部制となり、午前と午後に分けて授業が行われました。

震災後に清明ホールが完成しました。そして震災当時の建物が取り壊され、今の校舎があります。

 

その大震災から、今年で24年目となります。私達の身近で起こった出来事をいつまでも忘れることなく、

また、阪神・淡路大震災で命を失われた多くの方々に哀悼の意を込めて、これより黙祷をささげたいと思います。

 

黙祷

 

【生徒会からのメッセージ】

私たちは、昨年6月18日、大阪北部地震を経験しました。

大阪府北部地震は、2018年6月18日午前7時58分ごろ、日本の大阪府北部を震源として発生した地震です。

地震の規模はマグニチュード 6.1で、震源の深さは13 kmと言われています。

大阪府高槻市の小学校のブロック塀が崩れて、登校中にその塀のそばを歩いていた小学校4年生の児童が亡くなりました。

私たちも多くの人は登校途中でした・・・・・・・・・。

 

この地震が起こった時はちょうど通学時間で、私は自転車で友達と一緒に学校へ向かっている最中でした。

自転車をこいでいた時、強い風が来たように自転車ごとななめに揺れました。

次の瞬間、電信柱が縦に揺れ、目の前にあった工事現場の瓦が揺れて落ちてきそうな勢いでした。

 

友達と急いで学校まで向かうと、先生から、「グラウンドに行って!」と言われました。

皆がグラウンドで親に連絡をとったりしているのを見て、家族がそろっていない状態での地震はとても不安になりました。

それに電車通学の人は、何時間も電車に閉じこめられたりしている人もいて、被害が色々と重なりました。

 

地震が発生した時、学校に向かう途中で、周りに友だちなどもいなくて、すぐにどうしたらいいのかわからず困りました。

学校に着くと、友だちの姿が見え、少し安心しました。

先生の指示でスマホを触っていいと言われ、家族に連絡をとりましたが、返事がすぐ来なかったらどうしよう、と不安になりました。

私はすぐに家族と連絡がとれましたが、友だちの中には電話が繋がらず、ずっと連絡を取り続けている子もいました。

私はすぐに帰宅できましたが、中には夜まで迎えを待った子もいたそうです。

この地震により、地震の怖さや、地震が来たときの大切なことを一人ひとり感じられたと思います。

この体験を良い方にとらえて、この地震経験を簡単に忘れないように過ごしていきたいです。

 

今年も、神戸にある人と防災 未来センターを訪ね、阪神淡路大震災、東北大震災について学習してきました。

改めて地震の怖さを知りました。

震災体験フロアでは、阪神淡路大震災の体験をしました。揺れている映像を見ているだけですが、

今年は6月に起こった大阪府北部地震を経験しているので、去年よりもとても怖く感じました。

今年は阪神淡路大震災を経験された方のお話を聞きました。

その方は「一番大切なものは自分の命、次に大切なものは水。地震はいつ起こるかわからないので、

皆さんの家には常に人が一日に飲む水の量×家族の人数×一週間分を置いているようにして欲しい」とおっしゃっていました。 

地震についてもって詳しく知ろうと思いました。

 

当時病院も人が溢れ返っていて、着替えもお金もなく、病院の近くに住んでいる友達に衣類とお金を借りた、と話されていました。

震災のときは助け合いも大事だなと身にしみました。家の下敷きになっていた所を周りの人が助けてくれて、

友人が服を貸してくれたり、家に泊めてくれたりした、と聞いて私もそんな優しい人になりたい、と思いました。

 

すさまじい勢いで壊滅状態になった街、避けることの出来なかった死、など当時の壮絶な地震体験を聞かせて頂き、本当の地震の怖さが伝わってきました。

そして、「人は天災を予知することも止めることも出来ないが、被害は減らすことが出来る」ということに気づきました。

いつ起こるか分からない地震に対して、自分が出来る精一杯の備えをし、大切なものを守れるようになりたいと思います。

 

地震はある日突然起き、大切な人を奪っていく理不尽な自然がもたらす災害です。

しかし、その中で、人は地震に屈せず、立ち上がることができます。

一人の命を助けようとすると、見知らぬ人とも協力し合うこともできます。

 

今までの多くの大地震、そして、今年の大阪北部地震で、どれほどの人たちが、多くの絆で結ばれたでしょうか。

その絆を糧にして、瓦礫の山の廃墟から立ち上がり、一歩ずつ一歩ずつ復興へと向かっていったことでしょう。

 

私たちは、改めて、昨年の地震体験や、人と防災未来センターでの学習から、人と人との絆の重みを実感しました。

地震や災害を 身近にあるものととらえて、多くの災害で苦しむ人たちへ思いを馳せ、自分にできることは何か、何が必要なのかをいつも意識していたい、と思います。

 この集会でそれぞれ感じたことがあったと思います。その感じたことを忘れずこれからの日々の生活に生かしていきましょう。

 

最後に吹奏楽部が東日本大震災復興を支援する曲「花は咲く」を演奏します。

コーラス部、モダンダンス部、生徒会役員が歌います。

以 上